生きていく全ての過程において、人の価値観は行動や判断上で重要なカギを握っています。生誕と同時に、生まれた国、育った地域や家族といった複数の環境から様々な情報がインプットされ価値観が形成されていきます。家族のコミュニケーションにおいて、この個人の価値観がパートナー同士や親子のやり取りを阻害する場面が幾つかあります。
次のような会話はありませんか。
①「どうしていつも部屋が汚いのか。本当にだらしないんだから」
②「夫婦共働きで、私ばかりが家事と育児を担っていて不公平だ」
③「あなたは家事(勉強)だけやってればいいんだから楽でしょう。私は仕事があるから大変なの」
鬱屈した思いは否定的な言葉によって強化され、やがて修復不能になるほどの関係悪化をもたらしかねません。この判断はその人の価値観が元になっている場合が殆どです。先ほどのセリフを価値観にそれぞれ置き換えてみましょう。
①「部屋をきれいにできない人はだらしない」
②「共働きなのだから、家事は分担すべきだ」
③「仕事は家事(勉強)より大変だ」
こういう場面では、価値観で判断せずに自分(他者)の心の底からの訴えを聴くことが大切だと言われています。先ほどの言葉の裏には、次のような訴えが隠されているかもしれません。セリフを心の訴えに置き換えてみましょう。
①「私は疲れていてそこまで出来ないから、やってほしいのだ」
②「私は休みたいのに休めなくてクタクタだ。助けてほしい」
③「私のことを認めてほしい」
自分自身を理解し、適切な語彙を持っていないとこういった訴えを出すことができません。かつ、意固地な心、プライドなども捨てる必要もあります。
「相手の悪い所をあげつらうのではなく、自分が必要としていることが何であるかを話せるようになれば、全員の望みがかなえられる方法が見つかる可能性が高くなる」
~NVC人と人との関係にいのちを吹き込む法~
本当にその通りです。わかっているものの私もこれが家族に対しては特にできなくて(甘えがあるのでしょうか?)、しょっちゅうできない自分の姿に悲しくなっています。